INICIAR SESIÓN大阪・八尾で「玲玄心霊相談所」を営む霊導師・玲玄こと田中玲司。彼には死者の姿が見え、その声を聞く力がある。しかし、玲司は死者の言葉を決して鵜呑みにはしない。 助手の篠崎湊とともに、霊視、心理学、そして現実に残された記録やデジタル情報を照らし合わせ、相談者の抱える怪異の裏に隠された真相を探っていく。 死者は嘘をつく。生きている人間も、自分に都合のいい物語を信じる。 そして、法では裁けない悪意が残った時――玲玄には、表には出せないもう一つの仕事がある。 見えているものが、真実とは限らない。 霊能者とその助手が、生者と死者の証言を疑いながら真実を暴く、現代オカルト・ミステリー。
Ver más「それでは、こちらへ」湊が襖を開けた。智恵子は立ち上がり、玲玄へ頭を下げる。「今日は、ありがとうございました」「いえ」玲玄も軽く頭を下げた。「こちらで確認できることが分かりましたら、ご連絡します」「お願いします」智恵子はそう答えたものの、すぐには部屋を出られなかった。どうしても気になる。振り返る。自分が座っていた場所の後ろ。玲玄が何度も見ていたあたり。もちろん何も見えない。「……真琴は」声が漏れた。玲玄が顔を上げる。「はい」「私が帰ったら、どうなるんですか?」自分でも妙な質問だと思った。どうなる。どこへ行く。そんなこと、生きている人間についてなら聞く必要もない。けれど今、自分の目には見えない娘がこの部屋にいるという。自分だけ帰っていいのだろうか。真琴をここへ置いて帰るような気がして、急に不安になった。「真琴も、一緒に帰れるんでしょうか」玲玄の視線が智恵子の後ろへ移る。少しの間。それから、「今のところ、森川さんについて行くと思います」「今のところ?」言葉が引っかかった。玲玄は穏やかに説明する。「亡くなった方が、ずっと一か所にいるとは限りません」「そうなんですか」「はい。亡くなった場所にいる方もいますし、人についている方もいます。物の近くから離れない方もいます」智恵子は聞きながら、また後ろへ目を向けた。「真琴は、私についてるんですか?」「今は、そう見えます」「じゃあ……帰ったら、家にも?」「おそらく」胸の奥が少しだけ緩んだ。怖いと思うべきなのかもしれない。幽霊なのだから。それでも真琴なら、怖くはなかった。「私が話しかけたら、聞こえてるんでしょうか」「聞こえている可能性は高いです」「返事が聞こえなくても?」「はい」智恵子は唇を噛んだ。それなら。この半年間も。仏壇の前で話したこと。写真に向かって謝ったこと。今日あったことを何となく口にしたこと。あれも全部、聞いていたのだろうか。「先生」「はい」「真琴は……今、何か言ってます?」玲玄は一度、智恵子の背後を見た。数秒。「今は何も」「そうですか」少し残念だった。けれど同時に、ほっともした。これ以上何かを聞いたら、また立っていられなくなるような気もする。「また、真琴と話せますか?」「真琴さんがいれ
「……お願いします」智恵子がそう答えると、玲玄は小さく頷いた。「では、いくつか確認させてください」「はい」玲玄の声音は変わらない。真琴の霊がいるという話から一転して、ごく普通の相談のような言葉だった。湊がタブレットを手に取る。「答えにくいことは、無理に答えていただかなくても大丈夫です」玲玄が付け加えた。「分からないことは、分からないで構いません」智恵子は頷いた。先ほど、自分が娘のことを何も知らなかったように感じたのを察したのだろうか。そう思ったが、玲玄の顔からは分からない。「まず、榊原圭吾さんについて、森川さんがご存じのことを教えてください」「私が知ってること……」智恵子は記憶をたどった。「年は、真琴より五つ上やったと思います」「今なら三十二歳くらいですね」「はい。そのくらいです」「お仕事は?」「会社員とは聞いてました。でも、詳しくは……」会社の名前までは知らない。どんな仕事をしているのかも、真琴から詳しく聞いた覚えはなかった。玲玄はそれ以上追及しなかった。「お住まいは?」「大阪市内やったと思います」「住所は?」「分かりました」また、その言葉だった。分からないことを答えるたび、責められるのではないかと身構えてしまう。だが玲玄は何も言わない。湊も淡々と記録している。「真琴さんと交際を始めたのが、およそ三年前」「はい」「別れたのが、亡くなる半年ほど前」「……たぶん」智恵子は少し迷った。「正確な時期は分からないです」「構いません」玲玄は続けた。「真琴さんが亡くなられたのは?」「三月十七日です」日付だけは、考えるまでもなく出てきた。忘れるはずがない。「時間は分かりますか?」「見つかったのは、次の日の朝です」智恵子は指を握り合わせた。「警察の人の話では、亡くなったのは夜の十時から十二時くらいじゃないかって」「三月十七日の午後十時から、十八日の午前零時頃」湊が確認する。「はい」「場所は?」智恵子が川の名前と、おおよその場所を伝える。湊の指が動いた。玲玄はその間、何も言わず聞いていた。「真琴さんは、その日どこへ行くと?」「それが……」智恵子は首を振った。「何も聞いてないんです」その日は仕事だった。真琴はいつも通り朝に家を出た。「仕事が終わったあと、そのまま帰
おミツが再び羽虫を追い始めたころ、智恵子の意識は自然と圭吾へ戻っていた。ほんの少しだけ緩んだ胸が、また重くなる。真琴はここにいる。玲玄には、その姿が見えている。声も聞こえている。そして真琴は、はっきり言った。圭吾に殺された。なら。「先生」智恵子はハンカチを握り直した。「はい」「私……警察に行った方がいいんでしょうか」玲玄はすぐには答えなかった。智恵子の後ろへ一度視線を向け、それからこちらを見る。「今の状態で行っても、難しいでしょうね」「難しい?」「はい」思っていた答えではなかった。智恵子は眉を寄せる。「でも、真琴が圭吾に殺されたって」「はい」「先生にもそう言ったんですよね?」「言いました」「だったら……」言葉が続かない。何が問題なのか分からなかった。玲玄は真琴が見えると言った。実際、誰も教えていない娘の名前を知っていた。服装まで当てた。圭吾の名前も、智恵子が口にする前に知っていた。その真琴本人が、殺されたと言っている。それなのに。玲玄はまるで、まだ何も始まっていないかのような顔をしていた。「森川さん」声は穏やかだった。「はい」「警察へ行って、何と説明されますか?」「何って……」「娘さんが元交際相手に殺された、と?」「はい」「その根拠は?」智恵子は言葉に詰まった。「真琴が……」そこまで言って、自分でも気づいた。玲玄は責めるような顔をしない。ただ続きを待っている。智恵子は小さな声で言った。「真琴の霊が、そう言ってるって……」「そうですね」玲玄が頷く。「警察に『亡くなった娘の霊が、元恋人に殺されたと言っています』と話して、捜査してもらえると思いますか?」智恵子は何も言えなかった。少し考えれば分かることだった。警察へ行く。受付で事情を話す。娘の幽霊が犯人を教えてくれました。そんな話をしたら、どう思われるだろう。まともに取り合ってもらえるとは思えない。場合によっては、自分の精神状態を心配されるかもしれない。「でも……」それでも納得できなかった。「本当に真琴が言ってるんですよね?」「はい」「先生には聞こえてる」「聞こえています」「だったら、何か……」玲玄は静かに言った。「霊が何を言ったかと、現実に何があったかは別です」智恵子は玲玄を見つめた。
しばらく、誰も口を開かなかった。智恵子はハンカチを膝の上へ置いた。真琴がそこにいる。そう思うだけで、何度も後ろを振り返りたくなる。けれど、見ても何も見えないことはもう分かっていた。代わりに玲玄を見る。玲玄は先ほどと変わらず、静かな顔をしている。真琴の声が聞こえた。そう言った。それなのに、娘の話をそのまま事実とは受け取らない。そのことが、智恵子にはまだ理解できなかった。圭吾に殺された。真琴はそう言っているのに。そのとき。カリ。小さな音がした。智恵子が顔を上げる。カリカリ。今度ははっきり聞こえた。襖の向こうだ。湊がそちらを見る。また、カリカリ。少し間を置いて、「にゃあ」智恵子は瞬きをした。湊が困ったような顔をする。「来ましたね」「猫ですか?」智恵子が尋ねると、湊が頷いた。「たぶん」襖の向こうから、もう一度。「にゃあ」今度は少し長い。玲玄が小さく息を吐いた。「開けてやってください」「いいんですか?」「開けへんかったら、ずっとやります」一瞬。智恵子は玲玄を見た。今の言い方。それまでの丁寧な標準語とは、ほんの少し違った気がした。だが玲玄は何事もなかったように座っている。湊も特に反応しない。「分かりました」湊が立ち上がり、襖を少し開けた。すぐに、小さな頭が隙間から入ってくる。三毛猫だった。白を基調に、黒と茶の毛が不規則に混じっている。顔を覗かせたかと思うと、遠慮する様子もなくするりと部屋へ入ってきた。「おミツ」玲玄が呼ぶ。猫は反応しない。そのまま真っ直ぐ畳の上を歩いていく。「お前、今仕事中やぞ」玲玄が言った。やはり少しだけ、先ほどまでと口調が違う。おミツは当然のように無視した。智恵子は思わず口元を緩めた。先ほどまで、殺された。警察。圭吾。そんな言葉ばかりが飛び交っていた部屋へ、急に猫が入ってきた。しかも、霊能者の言うことなどまるで聞いていない。おミツは座卓の横を通り過ぎる。玲玄が手を伸ばしかけたが、猫はその直前でするりと方向を変えた。湊の足元へ行く。「……お前な」玲玄が小さく呟く。智恵子は、また少しだけ笑った。その声に気づいたのか、玲玄がこちらを見る。「すみません。邪魔でしたら出しますので」「いえ」智恵子は首を振った。「大丈夫で